アルゼンチンババア

trifle2007-03-28

http://www.arubaba.com/
映像が、すばらしく美しい。澄みわたる草原にぽっかりと浮かぶアルゼンチンビル。まるで、おとぎ話に出てくる家みたいで、ノスタルジック。外観ももちろんだけれど、内装やら家具やらのいたるところのものが、アルゼンチンババアの独特の世界観を示していて。どこまでも続きそうな青い空も、その下に広がる緑も、今ではないどこか別の時間軸にいるような感じがする。ところどころにはいる音楽も、映画の雰囲気にぴったりで。
近頃、原作ありきの映画を観ることが多くて、どうも原作と映画を比べてしまう。原作が好きだから観に行く、ということが多いので結構期待もしている。もちろん、同じである必要はないし、文字を映像にするのだから、その良さを生かした作品になればいうことはないのだけれど。それでも、原作の大切なところや、重要な設定は変えないでほしいなあと思う。物語において、点、点の大切なプロセスを変えてしまうと、タイトルだけが同じのまったく別の話になってしまう。原作を無理矢理切り張りしてつなぎあわせた感じがして、その境界にどうも躓くのだ。この映画も、とてもそんな感じがしてしまった。生と死に真摯にむかう姿勢や、誰かを許すということ、そこから生まれる優しさやあたたかさ。そうゆうものが、なんだかすごく曖昧だった。みつこ(堀北真希)が、ユリ(鈴木京香)に懐いているのもすごく突然的で。そんなにすぐに受け入れられるものかな?と首をひねる。大切なところだと思うから、もっと丁寧に描いてほしかったな。ゆるいわりに時間の流れがあまり感じられなかったから、切り張りしたように思えた。
みつこはどうしてあんな父(役所広司)を許せたのだろう。あんないい加減でどうしようもない父親。やっぱり原作と比べてしまうのだけれど、原作では不器用なだけでもうすこしマシでちゃんとした父親なのだ。そんないきなり母の死んだ日にいなくなったわけでもないし、母(手塚理美)の死も次第に受け入れて、誰に強要されるでもなく自ら墓石を掘る。これはどうしても原作どおりにしてほしかったな。それでないとほんとうにいい加減な男にしか感じられなかったから。二時間という短い時間に納めなければならないのだから、ある程度の強調や凝縮する部分があってもいいと思う。だけどそのせいで大切な部分が、そぎ落とされていた感じがする。
わたしは、「アルゼンチンババア」を読んでいるとき、ユリはずっと夏木マリだと思って読んでいた。とりたてて、誰が演じるといいかな?なんて考えたわけでもなく、なんとなく、ああこれは夏木さんだ、と思ったのだ。ユリの独特の世界観と、おばさんなんだけど生命に満ちた美しさを演じられるのは、夏木さんだと思った。鈴木京香さんは、ほんとうにきれいで。雰囲気もすごく良かったのだけれど、残念ながら50歳のおばさんには見えなくて。しかも、ものすごく臭いのだ。ありえないぐらい、臭い。だけど、鈴木京香さんのユリからはそんな臭さがみじんも感じず、汚い格好をしているというのに、むしろフローラルな感じすら覚える。どうサバをよんでも40歳そこそこ。演技はすごく良かったし、浮世離れしている菩薩のような女という感じもした。だけど、やっぱりババアには見えず違和感が残る。でも、堀北真希ちゃんはよかったなあ。初々しさの中にはっとするような表情があったりして。一生懸命で真っ直ぐな演技がすごく自然でよかった。堀北真希ちゃんは、こうゆう素直で純朴そうな役柄が似合う。鈴木京香役所広司に負けないくらい存在感もあった。あと、いとこの男の子(小林裕吉)もよかったなあ。新人さんらしいのだけれど。あー、いるいるこうゆう子、と激しく頷いてしまうような素朴な演技。これからちょっとたのしみだなあ。